ワクチンの必要性と、天然痘を治した琉球の医師

ワクチンの必要性と、日本で初めて天然痘を治した琉球の医師

スタッフとの軽い討論「ワクチンは効くのか?効かないのか?」

ワクチン素材フリー

スタッフと話をしていると、子宮頸がんワクチンの話になりました。
子宮頸がんワクチンは副作用が問題となって、厚生労働省が積極的な接種を推奨しなくなったものです。
この副作用というものが様々なものがあり、

例えば
手足のけいれん、計算ができない、階段が登れないなどのことが
副作用の被害者本人や保護者から聞き込みをした弁護士によって報告されています。

しかし思春期特有の精神的な問題とも重なる部分も多く、
本当にワクチンの影響かどうかはまだ結論がついていないようです。

子宮頸がんワクチンの効果そのものが否定されているデータもありますが、
話はそこではありません。
スタッフのひとりは「ワクチンなんて効果ない」と発言したんです!

「今まで天然痘とか、ワクチンのおかげで…」と言いかけてるところで
「まあまあ、今はいいです、また今度で」と会話から逃げられてしまいました…。

ワクチンは効くのか?

子宮頸がんワクチンに関することは知りませんが、
ワクチンそのもの自体を否定するのはおかしいと思います。

どうやら紀元前1100年代のエジプトで天然痘での死亡例が記録されてるようです。

そしてインドにて紀元前1000年ごろに人痘法によって感染を予防する方法が開発されています。

wikipediaによると

“紀元前1000年頃には、インドで人痘法が実践され、天然痘患者の膿を健康人に接種し、軽度の発症を起こさせて免疫を得る方法が行なわれていた。この人痘法は18世紀前半にイギリス、次いでアメリカにももたらされ、天然痘の予防に大いに役だった。"

と書かれています。

死亡率が40%前後ということなので人痘法が開発されただけでも人類は救われています。

しかし軽度の感染を引き起こすため死亡する例も多く、当時は危険性もあったのだそうです。

安全性が高まったのは1798年のことでした。

“18世紀半ば以降、ウシの病気である牛痘(人間も罹患するが、瘢痕も残らず軽度で済む)にかかった者は天然痘に罹患しないことがわかってきた。その事実に注目し、研究したエドワード・ジェンナー (Edward Jenner) が1798年、天然痘ワクチンを開発し、それ以降は急速に流行が消失していった。なお、ジェンナーが「我が子に接種」して効果を実証したとする逸話があるが、実際にはジェンナーの使用人の子に接種した。”

牛を使ったことによって治療効果が大幅に改善され安全性が高まったのだそうです。
これによって多くの人々が救われていきました。

死亡率40%前後。
天然痘ワクチンができていなかったら今まさに
僕たちは存在していなかったかもしれません。

1980年、ついにWHOが
天然痘撲滅宣言をします。

人類が初めて、驚異の感染症に勝利したのです。

今でも天然痘以外の感染症があります。
先進国ではポリオの感染症はほぼ根絶できてます(アフリカではまだできてません)。

こうやって、危険性の高い感染症の予防と根絶をワクチンのおかげでできています。

日本で初めての天然痘ワクチン

日本で初めての天然痘ワクチンでの治療は
こちらもwikipediaによると

“日本で本格的に牛痘法が普及するのは嘉永2年(1849年)に佐賀藩がワクチンを輸入してからである。緒方洪庵は、治療費を取らず牛痘法の実験台になることを患者に頼み、私財を投じて牛痘法の普及活動を行った。”

とされています。

琉球でおこなわれた天然痘ワクチンでの治療

その前年、琉球国の医師・仲地紀仁によって
島民への牛痘法による治療が行われています。

琉球は外国船が多く来琉していました。
英国人ベッテルハイムという宣教師が1846年に妻と子供ふたりと共に英国船で来琉。
ベッテルハイムは宣教師であり言語学者であり医者でもありました。
琉球語に訳した聖書を使って隠れて布教活動をしていましたが、
そんなベッテルハイムが天然痘の予防方法を知っていると仲地の耳に入ります。

当時は西洋文化をこばむ王府の政策があったため、
王府に隠れてベッテルハイムに頼み込み、洞窟の中でひそかに教えてもらったのだそうです。

ベッテルハイムも、教えたことがバレたら確実に処罰されますが
それでも天然痘で苦しむ人々を救いたいという思いで
危険をかえりみずに教えてくれました。

牛を使った天然痘ワクチンの精製方法なので、琉球各地から
集めた牛を並べて目当ての牛を探したのだそうです。

ついに天然痘ワクチンを作り上げた仲地は
子供から優先的に治療していきました。
当時は死を覚悟して神に頼むような状態でしたが
琉球全土に「奇跡だ」と噂が広まり、琉球王府まで知れ渡ることになります。

誰から習ったのか?と聞かれることもなく、
仲地は1857年、琉球王府から医師として最高位の
侍医の位を授かったと記録に残っています。

仲地紀仁は代々医師の家系で
東洋医学を小さなころから父親から習っていたのだそうです。
当時中国へ行くのは危険なことだったけど
どうしても中国へ留学したくて周りの反対を押しきり中国へ渡り
帰国途中に船が流され薩摩藩に漂着したときも、
チャンスととらえて薩摩藩で内科と外科の医術を学んだそう。
それでも天然痘の治療がうまくいかず、
そんなときにベッテルハイムに出会ったからこそ
処罰される恐れがあっても苦しむ人々を救いたくて勉強したんですね。

仲地とベッテルハイムの勇気ある行動のおかげで、今があります。

仲地とベッテルハイムの功績をたたえて
那覇市波ノ上 護国寺に石碑が建てられています。

歴史に残るこの話を聞けば
「ワクチンなんて効果ない」とは言えないハズ…!

 

 

子宮頸がんのワクチンの効果は
僕は医者じゃないのでわかりません(^^;)

 

 

参考
「絵で解る 琉球王国歴史と人物」JCC出版

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